ベテラン
ベテラン
を見ました。2015年12月12日、新宿シネマートにて。
アクションに定評のあるリュ・スンワン監督が撮った『ベルリンファイル』以来の新作。主人公は暑苦しさと爽やかさを兼ね備えた国民的兄貴分ファン・ジョンミン。
最初に書きますけどこの映画、2015年のマイベストムービーになりました。100点満点でいえば100点でした。最高でした。
最高でした!
ベテランを楽しむためにリュ・スンワン監督作品をレンタルDVDで見ておさらいしたわけですが、結局のところ『ベルリンファイル』の完成度が突出していて、それ以前の作品は荒削りだったり稚拙さが目立っていたりで。
つまりリュ・スンワン監督は自分にとって重要な存在ではなかったのです。勧善懲悪とか痛快といったキャッチフレーズにどことなく不安を覚えてもいたのに。
それでもなお、今年ベストの感動を与えてもらえるなんて。想像を大きく超える大傑作でした。なので皆さん観に行ってくださーい!
と言われて素直に見る気になる人は少ないと思うので、おさらいしていきます。
『新しき世界』から飛び出してきたかのような派手な白スーツ姿で高級車を物色する男(ファンジョンミン)。その隣にはサングラスをかけた馬鹿っぽい女。
1台のベンツに目を付けてお買い上げ。男は車内の要所要所に目を光らせながら成金バカップルの芝居を続ける。
ベンツを買って即発進、女は茶髪のカツラを脱ぎ捨てる。2人は警察の捜査の一環として身分を隠していたらしい。一方、車を販売していた業者はベンツに付けていたGPS装置を起動させる。
怪しい風体の男2人組が、ドチョル刑事(ファンジョンミン)が買ったベンツを駐車場で発見し、そのまま盗み出す。ベンツは工場に持ち込まれ、車体番号プレートを交換されたり走行距離をリセットされたりする。組織的なクルマ泥棒(G.T.A.)である。
窃盗団がトランクを開けると中からドチョルが飛び出してくる。工場の片隅で小便を放出。戸惑う窃盗団に手錠を放り投げる。「ほら、それをはめてろ」
素直に従うはずもなく肉弾戦へ雪崩れ込むわけですが、やっぱりリュ・スンワン作品のアクションは素晴らしい! 笑える瞬間の数々、スピード感、色んなアイテムを駆使するジャッキーチェン的な発想力、アクションの中に垣間見える主人公のキャラクター。ファン・ジョンミンも現在45歳とは思えない元気さでバリバリ動いてます。
綿密すぎるくらいに完璧にデザインされたアクションシーンを終えて、窃盗団を尋問。
非アクションシーンにおいても笑いとサスペンス性が同居していて非常に密度が高いんだよなー。
さらには伏線の張り方が巧妙でわざとらしくないから、無駄な情報がほとんど存在しない。圧倒されました。
国内の窃盗団を締め上げて取引相手のロシア人の情報を得たドチョルは、そのまま取引現場で待ち構えて逮捕を狙う。カラッと明るいアクションシーン第二弾。
物語が本題に入る前にアクションシーンを2発。バランスとしては少しイビツなんですけど、アクションに対する誠意がヒシヒシと感じられるし、アクションのためのアクションじゃなくてキャラクターの掘り下げとか伏線とか、すごく有意義なんですよね。
本題というべき「巨悪が引き起こす事件」なんですが、その全容を終盤まで明かさないところがサスペンスとして上手いですね。最初は「自殺の原因が悪役にあることを立証する」という目的だったのが、変容していく。
本題の事件が起きた時に「警察はこの事件をどうやって立証するんだろう?」と思ったのですが、解決に至るまでの紆余曲折が丁寧に描かれていきます。
友人の不遇の死、取り残されてしまった小さな息子。被害者の背景描写も的確。主人公が自分の子供を溺愛する様を前のシーンで描いているから、友人の子供が放っておけないし、ただの義理だけで事件に挑むわけではないという事が分かる。
加害者側の描き込みは本当に見事。韓国映画の悪役は遠慮がない!まだ20代のユ・アインが演じた「財閥のボンボン」テオは、登場した瞬間から最後までイヤな奴としての深みを増し続けます。同情の余地なし!どこから見ても非道。
一方で主人公ドチョルは単独捜査で所轄の刑事から情報を得ようとするも、突き返されます。この、「主人公が様々な壁にぶち当たる」という展開の前後から既に「クライマックス超感動するんだろうな」という予感がビンビンに感じられるんですね。
悪役テオはドチョルの妻に接触し、夫が捜査に介入しないよう働きかけることを要求。主人公に家族がいて、それに対抗する悪役の取る手段として予測できる範囲の展開なのですが、ここでドチョルの妻が見せるリアクションが…たまらん!
こういうベタなシーンでも、セリフだったり行動とリアクションがものすごーく新鮮だからこの映画は凄い!!
「あの男と結婚した事を後悔してる。これ以上後悔する事はないわ!」
と、場所が場所なら拍手喝采が起きそうなセリフを言い放ってくれます。でもその直後のシーンで、妻はドチョルに発破をかけるんですよね。「あの男に買収されそうになって何が恥ずかしかったと思う? 札束見た時に心が揺らいだ事よ!」と、人間味を感じさせる描写を盛り込みながら、ドチョルの気持ちに作用するような展開を取り入れていく。上手すぎる。
妻への買収提案を知ったドチョルは怒りのあまり、外国人との会食を楽しんでいる途中のテオに宣戦布告。
「警察官がこんな事をしたら韓国のイメージはどうなると思う!」
「ガタ落ちだろうな(それでも俺はおまえを捕まえてみせる)」
このやりとりは最高!!リュ・スンワンはベタで熱い作品も数多く残してる人ですが、元々持っていた熱い魂にシナリオの技量が追いついた感じがして、いよいよこのレベルまで達してしまったのか!と感慨深いものがありました。
単独行動が多かったドチョルが、とある人物に聞き込もうとする辺りから刑事側のチーム感が一気に濃厚になってきてこれまた最高にアガる展開。
そして『ベテラン』の凄いところは、警察側のチーム感が2段階になっているところ。
ドチョルが所属する班はオ・ダルスをチーム長とした5人組。彼らは一心同体の強い絆で結ばれているのですが、ドチョルの直情スタイルは上司になかなか理解されません。主人公の熱意に対してカウンターな存在であるのが組織全体の空気、というのは刑事ものとしてよくある構図。
しかし聞き込みの際にドチョルの後輩が刃物で刺されたところから、ドチョル達を抑圧していた上司が一気に態度を変えて「テオ許すまじ!」モードに変わるのです!!
ドチョルにズームしながら
「よーしこれで形勢逆転だ!」
と言うカットを見た瞬間の高まりは…自分の中でとんでもないレベルになってました。多分この時点でボロボロ泣いてましたね。
テオ側は圧力と買収がうまく機能せず、テオの右腕的存在の(ユ・ヘジン演じる)チェ常務を自主させて事件の沈静化を図ろうとします。この事をきっかけに、なんだかんだでドチョルチームは解散の危機に陥ります。
さらに上司の態度がまた消極的モードになって。ドチョル(と観客)がストレスを感じる展開になるんですけど。
ここで序盤から「どうでもいい事件」の象徴としてちまちま描写されてきた「賭博団」を伏線として回収、『ベテラン』という映画はまたもや一気にボルテージを上げてくれるのです!!!
この展開も「休暇をやるってことは勝手に捜査してこいって意味だよバカヤロー!」という、日本のサスペンスでもよく見られそうな「ベタ」ネタなんですけど、タイミングと密度とテンポが素晴らしいから心が異常に高揚してしまうんですね。
終盤以降はリュ・スンワンの創作性を見せつけられて号泣しっぱなしでした。
後はクライマックスらしいクライマックスに突入して、ちょっとしたひねり展開もあるにはあるんですが、派手なカーチェイスからのアクションシーンへ。
個人的に残したメモはこの辺りで終わってるんですけど、積み上げてきた期待を一気に解消してくれるような、とにかく熱すぎるアクションにただただ圧倒されるばかり。サービス精神と新しさに満ちた見事なアクションに酔いしれました。
勧善懲悪でベタでハッピーエンド。2014-2015年の映画にしては時代遅れとも見られそうな刑事ものなんですけど、リュ・スンワンの技巧と熱意がたっぷり詰まった傑作映画!超オススメでございまーす!!
物語としてはストレートなんだけど、シナリオ技術に魅了される、という意味では『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』を連想しました。ドチョル達はさしずめ、韓国社会を守る正義の守護者。ガーディアンズ・オブ・コリアなのです!