受取人不明

 キム・ギドク監督作品「受取人不明/Address Unknown」を観ました。2001年製作、ギドクにとって六本目の監督作。それでもチルさんが観たギドク作品の中では最も古い。
 観る前にインプットしていた情報としては「黒人と韓国人のハーフである若者が、苦悩する」というストーリーの根っこ部分と、三池崇史が数あるギドク作品の中から選んだベスト1であるという事。
 舞台は70年代。在韓米軍基地のある田舎町。
 黒い肌&天パでギラついた人間性を発散するチャングク、父親の威厳の前に萎縮する気弱なもやしっ子ジフム、キタロウ的な前髪で右目を隠し近寄りがたい空気を醸し出す女子高生ウノク。早々に複数のキャラクターが描かれていくが、どこにも笑顔は無い。
 犬を買い叩き屠殺して売りさばく男、己を孕ませた男へ届かない手紙を書き続けるチャングクの母、居心地の悪さと性欲を持て余す白人米軍兵・・・様々なキャラクターが一定のリアリティを保ちながら描かれる。誰もが閉塞的な空気に押しつぶされまいと必死にもがいている。
 ギドクの演出は、相変わらずテクニックや面白みに無自覚的。カメラも編集もストレートで印象に残らないのだが、確実に物語は展開していく。いつのまにか引きこまれていき、いつのまにか結末を待ち焦がれている自分がいる。
 不良高校生がもやしっ子ジフムの無学っぷりをからかっている場面、通りかかったチャングクが間に入ってタカリを止めると高校生コンビは英語でチャングクを挑発する。ジフム同様無学なチャングクだが、母親に叩き込まれた流暢な英語で高校生をひるませ、暴力でも圧倒する。
 この一連の描写にはヒャハッ!と声を上げてしまった。ズルいくらいキレがあった。他にも「抑圧されていた人間が言葉を搾り出して煮えたぎった思いをぶちまける」という描写は度々見られる。度々というより、ほとんどの登場人物が行き場の無い苛立ちを己の中で爆発させ、嗚咽する。
 とことん息苦しい世界観を徹底するギドクの視点からはある種のノワールテイストさえ感じた。
 展開につながっていく意味のあるエピソードが山盛りで、映画はチルさんの浅はかな予想のはるか先を目指して進んでいく。終盤は若干力ずくになりながら濃厚で塩辛いエピソードがドンドン描かれていく。
 ギドクは北野武ばりのハイテンポで撮影を済ませていくらしいが、北野チックな淡々とした演技を見せるキャラは皆無に等しく、誰もが熱のこもった演技を見せるところも凄い。どこからこの演出力が生まれるのだろう…? 怖い。
 クライマックスでは「こんな画、見た事ねーよ!」とうならされるような描写も実現してくれちゃうし、鑑賞後はかなり疲れました。これは「凄い映画」なのか。あるいは「映画が」凄いのか。分からなくなってきた。
 キム・ギドクという恐るべき映画作家が韓国にいるぞ。