智代あらまし

 この映画が出来上がった経緯をまとめてみます。
 2003年に『新宿オニごっこ』という映画を自主製作しましたが、これが箸にも棒にもかからず、何の結果も残せずに終わりました。それ以降自分の監督作品を撮る機会はありませんでした。
 長編サスペンス[k*ss]という企画でキャストを探した事もありましたが、熱意が足らず尻すぼみとなって流れてしまいました。それ以降は企画の捻出に終始するに留まり現場復帰への意欲が失われつつありました。映画を撮りたい、自分の映画を撮りたい、でも何を撮るべきか分からない。そんな状態が数年続きました。
 2012年になって「今年こそ映画を撮ろう」という意欲が現実的なレベルにまで高まりました。同じタイミングで、自分が過去に書いた短編コメディ脚本『智代のリアリティ』を読み返しました。過去の自分(当時23歳)がこの脚本で何をしようとしていたのかがハッキリと理解できました。この脚本に勝機を見出しました。2012年の現在でもこの企画は撮る意味がある、と。
 企画書を書き上げて名古屋で活動する女優さんに出演を依頼しました。一部の方から良いお返事をいただけたのですが、脚本も未完成で撮影時期も未定だったのでなかなか話がまとまりませんでした。
 改めて脚本を完成させてmixiなどのSNSで広くキャストを募集しました。ゆっくりではありましたが、出演を希望してくれる方からのリアクションが多く届きました。しかし主人公の智代役にふさわしい方はなかなか見つかりませんでした。カットモデル希望の素人さんを引っ張ってこようか? なんて思いました。
 愛知県在住に限定せず、他地方にもオファーの枠を広げて応募を待ちました。東京と名古屋で何人かの候補者と実際に会ってお話させていただきました。名古屋では劇団のお芝居も見に行きました。
 なんとかキャストが決定し、撮影スケジュールの調整に入りました。メインのロケ地である美容院に関しては親戚を頼りましたが、別シーンの撮影場所は自分で交渉するしかありません。ほとんど個人で製作する自主映画という部分に負い目があったものの、名古屋市が運営するフィルムコミッションに連絡を取り、一部ロケ地を紹介していただきました。
 出演者との連絡を重ねつつスケジュールを固め、それと同時にキャスト変更に伴う脚本の書き直しを進め、さらにはディレクターとしてカメラワークを決定していく。分業できない辛さが一気にのしかかってきました。
 そして撮影当日。簡潔に言うと「主人公が美容院に行って髪を切る話」なので、髪を切る前のシーンを先に撮影し、その後に美容院シーンを撮影します。髪を切った後に髪を切る前のシーンを撮り直す事は出来ません。これは大きなプレッシャーになりました。髪を切る前のシーンを7月29日、美容院シーンを7月30日に撮ることにしました。
 しかし初日から撮影がうまく行かず、回想シーンのうちの1つが撮影できず。翌朝に持ち越しとなりました。翌日も撮影はスムーズに進まず、打ち合わせに時間を割けなかった負担が顕著に。予定よりもかなり遅れて美容院シーンの撮影開始です。
 切り落とした髪は元に戻らないため、1カットでも撮影しそこなったら後戻りは出来ません。すべてが台無しになります。失敗が許されないという緊張感を押し殺しながらも、自分が思い描く演技を出演者に説明していきます。土壇場で脚本の変更もあったので出演者の皆さんにはご迷惑をおかけしましたが、撮るべきカットを少しずつ消化していきました。
 長い時間をかけて髪を切られながらセリフを言うのも、美容師らしくふるまいつつセリフを言うのも、どちらも簡単なことではありません。智代役と雪子役のお二人はこちらが投げかけた難題を必死に乗り越えてくれました。簡単ではない撮影だったからこそ、映画を撮る意味があったと思います。
 焦りと戦いつつも日が暮れる前に美容院シーンの撮影を終えることができ、もう1つ別のシーンを撮ったところでクランクアップとなりました。あの時の疲労感、プレッシャーから解放された瞬間はあまり思い出したくありません。
 東京に戻って自宅で編集を進め、9月にはラッシュ版が完成していたのですが、音楽を提供してくれる作曲家を探すのに手間取り、なかなか完成の目処が立たない時期が続きました。11月末、知人に紹介していただいた作曲家の方にオリジナル曲の提供を引き受けてもらい、打ち合わせを重ねていきました。数ヶ月の期間を経て、4月10日に完成。当初の目標だったYouTubeへのアップロードに至りました。
 結局、『智代のリアリティ』を製作した吉田嬢二とは何者なのかというと、どうしても自分の映画を諦められなかったゾンビ野郎です。為せば成る。執念がキャストを集め、執念がプロデューサー業を全うさせてくれました。
 本当は執念から解放された状態でディレクター業務なり脚本なりに力を注ぐべきなんでしょうけど、まあいいじゃないですか。こんな映画作りがあっても。
『智代のリアリティ』ご覧ください。ご感想お待ちしております。