監視者たち

 監視者たち』を見てきました。2014/09/09、新宿シネマートにて。韓国映画を始めとしてアジア映画をしっかり推してくれるナイスな劇場です。



http://kanshisya-movie.com/about/about.html



 こちらの映画は2007年の香港映画天使の眼、野獣の街のリメイクです。韓国映画界が日本映画のリメイクにも積極的なのは新作のラインナップを見てると珍しくないことが分かります。次々と才能が開花していて有望な若手がなかなかデビューしづらい状況がリメイク多発の背景にあるのかもしれません。



 有望な若手が多いというのはざっくりした印象でしかありませんが、『殺人の追憶』も『アジョシ』も監督デビュー2作目。とんでもない連中です! 現場経験を積んで作家性を研ぎ澄ませていく…みたいな呑気な体制ではないですよね。次に世界を驚かせるのは俺だ!って気概を感じます。



 監視者たちは共同で監督された作品なのですが、両者ともにキャリアは浅く、本格的な大作は初めて。大人しそうな作風の監督がしっかりとしたアクションを良い意味で易々と作り上げてしまうところが韓国映画界の凄いところです。



 いきなり結論から言うと完璧でした!! 香港版は丁寧な心理描写と展開の構築力に唸らされたものですが、韓国版はそこにハードかつリアルなアクションと、キャラクターの掘り下げ、ロジカルな駆け引きを盛り込み、より一層スリリングなドラマを完成させています。



 改めて韓国映画界のレベルの高さを思い知らされました。



 まず『天使の眼、野獣の街』がどのようなストーリーかというと、警察内の監視班という部署に配属された女性刑事が、のらりくらりとした上司の指導の元に一人前の監視官になっていく成長物語です。



 刑事側の描写とともに、大胆かつ緻密な計画で香港を席巻する強盗団の動きも描き、両者が繰り広げる静かな駆け引きの様で観客の心をがっちり捕らえる。素晴らしいシナリオでした。



 そんな香港版に韓国版が新たに加えたアプローチは、香港版の弱さを的確に補いつつも散漫にならないよう細部にまで配慮が行き届いています。まさに演出部の腕力。



 アプローチその1・アクション。主人公はいわば普通の女の子で、警察側で描かれるのも実働部隊とは違う。香港版は、アクション的な見せ場が抑えられていることこそが作品としての斬新さにつながっていました。



 今回のリメイクでは強盗団が最初に起こす銀行強盗シーンにもダイナミックなアクションを盛り込んでいて、それでも荒唐無稽な派手さに陥っていない。ここだけでなく、強盗団リーダーを中心としたストーリー展開の中でのアクションシーンがどれもこれもカッコ良くて熱い。韓国らしいゾクゾクするようなバイオレンスもあってたまりません。



 仲間を叱責する時にビニールテープで顔面を覆い、「おまえが無駄にした1分間の意味を知れ」とばかりに殺しかけるところなんて最高です。あれ、結局殺したんだっけ。まあいいや。



 チョン・ウソンが演じた強盗団リーダーは知能的なリーダーらしからぬ隆々な筋肉を見せつけ、この映画で唯一のアクションスターと化して大活躍!! 欧米のクライム映画を含めても、これほど魅力的なヒール/ヴィランはそうそうお目にかかれません。とあるキャラクターをナイフで刺し殺すシーンにおける迷いの無さは「えっ、ウソだろ?」と自分の目を疑ってしまいました。



 アプローチその2・キャラクターの掘り下げ。これまた強盗団リーダーのジェームスというキャラについてなんですが。この悪役キャラにしっかりしたドラマ性を付与したことによって映画としての重厚さがグッと増してるわけです。映画が2時間前後の長さになったのはこの要素が主な原因だと思うのですが、映画としての完成度はさらに向上してます。



 逆に主人公の女性新人刑事"仔豚"やソル・ギョングが演じる上司の背景などはあまり描かれないのですが、上司からの駄目だしやチームの力になれない事に対する悔しさをバネに奮起する。それだけでいいじゃないですか。誰もがトラウマ背負ってなくてもね。



 バックボーンこそ描かれないものの、キャラクター1人1人の行動の内面・心理描写は丁寧になってます。心の動きがちゃんと描かれてるのって見てて快感なんですよね。



 アプローチその3・ロジカルな駆け引き。監視班が強盗団の手がかりに辿り着くまでに乗り越えるハードルが増えています。それだけ強盗団に隙が無くなっている。



 香港版に見られる「監視班に舞い込む偶然性の強い幸運」が出来るだけ排除され、実際の警察捜査に近い苦しさが描かれています。些細な情報を精査し、チャレンジし、犯人グループに近付いていく。



 存在を気付かれてはいけないのが監視班の掟。容疑者の顔を視認するだけでも苦労するものの、それらの苦難をチームワークで乗り越えていく展開は映画的に斬新。見てて面白い。バレるかバレないか、はサスペンスの基本ですからね。



 強盗団は徹底的に証拠を残さず、検挙が不可能と思われるような強敵。双方のプロフェッショナリズムと、静かな戦いを堪能できます。静かなれど、決して地味ではないスリリングな展開。福本伸行作品のような心理戦ロジックに痺れます。



 香港版にない要素として、韓流アーティスト2PMのメンバーであるジュノが監視班の一員としてコードネーム"リス"を演じているのですが、このキャラクターが大胆不敵に活躍する展開はとても新鮮で、アイドルちゃんのお飾り出演じゃないところに韓国映画界の深みを感じました。



 実際、このキャラを香港版の展開にオーバーラップさせていくような巧みな展開に接続させていて、その構成力には脱帽でした。(あのアレンジで悲壮感がアップしてるし、それを乗り越える意義が深まる。)



 実際映画館にはジュノ君目当てと思われる年齢層のお嬢さんたちが多く見られ(平日の昼間ですからね)、だからこそ私は「ジュノが演じるリスが死んだらお姉さんたちはどんなリアクションするだろうなー(死んでほしいなー)」と、邪悪な期待をふくらませてしまいました。



 主人公の仔豚は香港版における「大卒女子みたいな野暮ったさ(それが可愛い)」とは違い、監視班配属に至るまでにそれなりの経験を積んだ風の背筋通ってる感があって素敵でした。上野樹里系列の顔。香港版はアフレコっぽい音声なのでそれに比べると芝居全体がグッとリアルに。



 監視班の現場リーダーを演じるは、稀代の名優ソル・ギョング。香港版のメタボ腹おやじみたいなアプローチはしてませんが、仔豚をうまくコントロールし、導いていく姿は深みのある味わい。終盤の展開は香港版にないアレンジですごい見せ場が用意されてます。行動も、セリフも、すんごいカッコいいんだよなあ…



 ラストシーン含め、伏線の使い方が絶妙! 主人公とリーダーの間に出来上がる絆が美しいセリフで結実。これはジーンと来ますね。



 というわけで、香港×韓国のコラボレーション作品にノックアウトされました! これぞ一流のクライムサスペンス! 是非ご覧ください。