はじまりのうた

はじまりのうた、見ました。2015年2月23日、シネ・リーブル池袋にて。

http://hajimarinouta.com/

オープニング、狭いBARで弾き語りライブをしている男(スティーヴ)が「ここで僕の友人であるグレタに歌ってもらおうと思うんだ!」と言ってそばに座っていた美女をステージに引っ張り出す。

ものすごく消極的ながら、しぶしぶ歌い始めるグレタ。しかし会場からは雑談が絶えず、観客はロクに聴いていない。そんな中で一人、恍惚の表情を浮かべて歌に聴き入っている中年男がいた。

場面は変わって朝日の差し込むマンションの一室。ベッドで眠るのは堕落した生活を送っている中年男・ダン。電話で起こされた後で向かうのはハイスクール。背伸びファッションの娘・バイオレットを拾ってそのまま仕事場へ。

男の職場はレコードレーベル。会議真っ最中の部屋に登場して空気の読めない反対意見をわめく。呆れた表情のスタッフたち。ダンは会社の創設者だったが、数年間に渡る堕落っぷりにいよいよ愛想を尽かされ、クビを言い渡される。

ダンはそれなりにショックを受けて街を彷徨い、とあるBARに辿り着く。バーボンを飲んでいる途中で聴こえてきたのはグレタがギター1本で弾き語りする声だった。ダンは彼女の歌とギターのフレーズを聴いているうちに、曲に深みを与えるアレンジ音を自然とイメージ。理想の音に仕上げていきます。

そんな感じでオープニングシーンに戻って「ああ、この場面か」と感じる瞬間が訪れます。時系列を大胆にイジってるんですね。

グレタに名刺を渡すダン。ストレートに称賛し、スカウトします。グレタは作曲活動をしているもののプロ志向ではなく消極的。ダンは自分の気持ちをひたすらにぶつけてグレタの気持ちを動かそうとします。

ダンを演じているのはマーク・ラファロ。『フォックスキャッチャー』の演技で今年のアカデミー賞にもノミネートした名優です。彼が演じるダンはとにかくしゃべりが達者で、ユーモアがあり、熱意があり、カリスマ性があります。キャラクターとしてとても魅力的。脚本段階でのキャラ造形という点だけ見ればお見事。

グレタを演じるのはキーラ・ナイトレイ。あまり馴染みがない女優さんですが、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのヒロイン役みたいですよ。グレタはダンのペースに翻弄されながら、同時に自分の本心に向き合い、生き方を変えていく大人未満な女性です。

ダンの押しに根負けしたグレタは本格的にCDデビューすることを決意します。ニューヨークという街を出ていく直前に沸き起こる変化。彼女は不意に、ニューヨークへやってきた当日に撮影したビデオを見始めます。そこには最高のパートナーだったデイヴと共に希望に満ちた自分が映っていた…

ここからグレタの回想がスタートし、オープニングのBARに至るまでを通しで描いていきます。こういったシーン構成はなかなか感心しました。

自分の曲が映画の挿入歌に選ばれてブレイクしたシンガーソングライターのデイヴ。その恋人でありながら、作曲でもお互いに刺激し合ってきたグレタ。性急でなく、現実と対面して少しずつ傷つきながら今に至る過程がじっくり描かれていきます。

ニューヨークのレコード会社に到着して最初のミーティングにさり気なく登場したアジア系女性社員のミムってのがいるんですが、そのルックスと自己紹介の声のトーンだけで「あ、この女とデイヴくっつくな」と思ったんですが、その通りの展開になりました(笑) 熱っぽい視線を送るとかそういうんじゃなく、あくまでも存在感だけで予感させてくれたので、この監督すごいなーと後で思いました。

オープニングシーンに戻って、そこからスカウトに乗った後のグレタが描かれていくんですが。グレタに入れ込んでいるプロデューサー・ダンは「デモテープじゃなくていきなりアルバム作っちゃおうぜ!」と息巻くのです。バンドメンバーをかき集め、ニューヨークの色んな場所で一発録音! 無茶な勝負を挑みます。

チルが懸念に感じた問題はここからなんですけど。アルバム製作の過程があまりにもトントン拍子で進むのがどうも性急に見えてしまって。

特にバンドメンバーを集めるくだり。ダンが実績のある名プロデューサーってのは分かってるんですけど、名も無きシンガー・グレタのためになぜこれほどの有志が集まったのかを描く過程が、要所要所、大音量のBGMでけっこう誤魔化されてるんですよ。

音に乗ってハッピーな顔したミュージシャンたちが集うと、たちまち最高のグルーヴが生まれる! そんな感じで。そのストレスフリーな展開を見てると、逆に「もっと苦労してくれよー」とか思っちゃって。

どちらかといえばグレタよりもダンに感情移入して見ている36歳男子ですから、落ちぶれた男の再生物語という意味で「ダンに足りなかったのは『才能と出会うための運の良さ』だけだったの?」とか思っちゃって。もちろんグレタにしても「才能を見出してくれる人と出会えなかっただけの同情すべき存在なの?」とか。

負け犬がヒップホップに出会って再生を試みる『ハッスル&フロウ』という映画がありまして、あの映画の「苦労して苦労して、ようやくこの音源を作り上げたんだ!」という過程と比較すると、グレタとダンにはもっと乗り越えるべき障害を設定すべきだったと思うのです。

そういうフックがあったらもっと燃えるし感動的になった作品だと思うんですが、そこが個人的に物足らなかったところです。オチも含めて、ストーリー全体の構成は悪くないんですけど。

デイヴを演じているのがマルーン5のボーカリストらしいのですが、彼のキャラがなんだかんだ言ってクソ野郎になりきれず、浮気してグレタを捨ててるにも関わらず、終盤では反省してよりを戻そうとしてるし、この辺を見ると大物ミュージシャンを起用した苦労と欠点が明らかだなあなんて思いました。

でもデイヴの「君が作った曲がどんなにみんなが愛しているか知ってほしいんだ(だからライブに来てくれ)」というセリフにはキュンとしてしまいましたよ。

「素晴らしい音楽には苦労があるんです」「人は努力次第で再生できるんです」そういうメッセージ性を求めていた自分としては、肩透かしを食らいましたが、「音楽に浸れる」という意味では間違いなく期待に応えてくれる作品です! 是非映画館でご覧あれ。