激戦 ハート・オブ・ファイト

激戦 ハート・オブ・ファイトを見ました。2015年1月26日、ユナイテッドシネマズ豊洲にて。



http://gekisen-movie.jp/







 香港きっての熱情派であり、クライムアクションに長けた監督ダンテ・ラム総合格闘技をモチーフに選んだオリジナルの新作ということで興味津々。チルは元々プロレスファンでしたし、1990年代のNHB/バーリトゥード黎明期には格闘技通信の文字情報に狂喜していたクチなんです。







 いきなり結論から言いますと「詰めが甘いなー」です。思い切り泣かせてもらうつもりだったのに!



 あらすじ。



 スーチーは大手企業の創設者の息子。金には困らないが、散財するわけでもなく、目的もなしに中国の地方を旅している。北京に戻って同級生と再会し高級キャバクラで飲んでいると、父親が多額の負債を出して失踪したというニュースが飛び込み、呆然とする。



 ファイはタクシー運転手。酒とギャンブルに明け暮れるダメ人間。借金の返済が出来ずにヤクザから追い込みをかけられている。友人のトレーニングジムで働かせてもらえることになり、住み込みで奇妙な母子と暮らすことに。



 この母子は長男を風呂場の事故で亡くしていて、それ以来母親のクワンはメンタルを病んでしまっている。その母親を必死に支えるのが娘のシウタン(小学校高学年)。当然ながらとても可愛い。



 シウタンは母親を刺激しないためファイに様々なルールを課すものの、ファイはまともに取り合おうとしない。駄目な大人に対してプンプン怒るシウタン超可愛い



 ファイはかつてプロボクサーとして香港チャンピオンに上り詰めた男だが、現在はおばちゃん相手にボクササイズを教えるところまで落ちぶれてしまった。



 スーチー(可愛い名前だけど男)は凋落して酒浸りとなった父親の尻拭いを続ける日々。そんな彼の目に飛び込む「MMA大会出場者募集」というテレビCM。目標がそこにあると感じたスーチーは早速ジムに入会。夜中、誰もいなくなったジムでサンドバッグを叩いていた男――それがファイだった。



 2人は師弟関係を結び、総合格闘技の世界で栄光を勝ち取ろうと奮起する…



 序盤のあらすじはこんな感じ。まず舞台/状況を用意するに当たっての気配りが物足りない。リアリティというか。特に主人公2人が同じジムに世話になる経緯もひねりがなくて超あっさりだったりするのがモッタイナイ気がします。香港映画らしい大雑把さとも言えるけど。



 あとはキャラクター造形。かつて栄光をつかんだ男、裕福な家庭に生まれたが一片の栄誉も得たことがない男という設定は悪くないんですけど。



 ファイがボクシング界の一線を引いたきっかけが八百長に加担することによる逮捕。やむなき理由がゆえに八百長に手を染めたという背景をもっとハッキリさせておくべきだし、「当時の俺は金が必要だった、だがそれでも八百長するべきじゃなかった」みたいな葛藤を描くことでもっとドラマチックになったはず。



 スーチーの背景ももうひとつ深みがない。育ててくれた父親に感謝するのは当たり前とはいえ、いかにこの父親が愛情を注いでくれたのかを、ちょっとしたエピソード混じりに語ることで感動が増すはず。目的のない若者がやりたいこと見つけただけじゃ…



 失意の母親クワンの使い方も、悲劇のパーツ的で人間味が薄い。キャラとして魅力が薄いですよ。シウタンも、クライマックスでうまく動かせばもっと感動できたはずだし。



 期待してたがゆえに、「ダンテラムの総合格闘技映画がこの程度で収まっていいのか!」って思ってしまうんですよね。



 総合格闘技を扱ったアクション映画としての流れも、そこそこ頑張ってるとは思うんですけど不満点が目につきます。



 今作の格闘技イベントの仕組みは



勝ち抜き戦であること

勝者は次の大会に出場するか決められる

抽選で次の対戦相手を決める

2ラウンドで決着が付かない場合は挑戦者が勝ち抜き

10戦勝ち抜けば賞金270万ドル




 という、お笑いスター誕生みたいなシステム。例えが古い? イロモネアっぽいシステム。



 「デビュー戦で王者に挑む」という構図を作りたいがために、非現実的な大会レギュレーションをデザインしたのは、まあ許すとしても、



 スーチーのデビュー戦が2ラウンド終了による判定勝ちで終わるところがいただけない! 耐えるだけ逃げるだけの選手はMMAでは悪! プロとして持つべきでない意識です。勝ち方が進歩していくプロセスを描くために初戦を無様にする必要性は分かるけど、それならドロー=挑戦者の勝利という変なルールを盛り込まずに、優勢に試合を進めたけど決めきれない(ゆえに悔しい)判定勝ちで良かった



 試合以前のトレーニング場面はなかなか面白いです。ロッキー的な、「すごく重いもの」を使った原始的なウェートトレーニングとか。技術的なレッスンも描いてる。寝技の攻防の中でキスする狙いすぎな描写もあります。腹筋してる姿をサイドからグルリンと撮るショットは新鮮。



 あと、ファイが見せる背筋運動! グイッと背中を反らせるどころか太ももまで起立させる、あんな動き見たことないっす。ニック・チョンすげえ身体。



 試合シーンで他に気になったのは「スーチーのテコンドー経験者っていう設定が完全無意味になる」「クローズアップ多すぎ、カット割りすぎ、編集うるさすぎ」「スーチーを見つめる父親のカットの挿入がしつこすぎ」といったところです。



 そこに目をつぶれば概ねグッジョブ。寝技でのポジショニングの移り変わりもそこそこリアルだし、関節技のバリエーションもいくつか見られて良いですね。アキレス腱固めとかオモプラッタとかやってます。



 試合の中のドラマを生むために使われている伏線が、脱臼しても気合いで治せちゃうファイのベテランテクニック。スーチーの鼻の骨を元通りにするのに使っただけでなく、クライマックスでもさらに回収してて巧かった。



 若者のスーチーがKO負けし、首を負傷。その仇を討つのが師匠のロートルおじさん・ファイ。この展開はスポーツドラマとしてメタ的でなかなか斬新だと思います。一念発起する流れもベタじゃなくて悪くない。



 しかしファイの試合直前、シウタンからのメッセージをシウタン(ようじょ)の実父が伝聞として伝えるのが残念ポイント。そこはベタに、シウタンの声聞かせてくれよ! シウタンからの電話なり直筆手紙に朗読音声かぶせて伝えるなりでいいのよ! おっさんの声を聞いて奮起するおっさんなんて画として貧相! こういうディテールがゆるいというか甘いので、クライマックスがクライマックスになりきれてないと思うのです。惜しい。



 2試合を勝ち抜いたスーチーは3戦目、相手のスープレックス(投げ技)で首から落下してKO負けを喫し入院することになるのですが、このスープレックスがファイの試合でもキーになっていて、食らったらマズイ!という緊張感につながっています。こういう明確なアプローチはとても良いですね。



 王者の勢いに押されて苦戦するファイがいかに逆転して勝利をつかむか、そのポイントもしっかり伏線が効いていて好印象。フィクションらしいケレン味があって、でもウソっぽすぎない。良かったです。



 ラストはシウタンとファイが再会してしっかりと抱擁。ちゃんと感動的です。もっとディテールにこだわってくれる映画だったら、アジョシみたいなタメがあってからの抱擁だったら、この場面で涙がノンストップ大放流状態になったと思うのですが、「ほろり」程度に収まってしまいました。ええ、結局泣いてるんですけどね。



 同タイプの映画なら『ファイター』や『レスラー』がすごく印象的だったし、鮮烈でした。今作はそういった傑作には及んでいないと思いますが、香港らしい仕上がりの良作だったと思います。格闘技好きなら是非映画館で見てほしい作品でーす。