三億円少女

 劇団ゲキハロ第9回公演「三億円少女」を観てきました。Berryz工房のお芝居としては5本目になります。
 主役の三億円少女こと依子はBerryzメンバー7人が公演ごとに担当。メンバーは主役以外にそれぞれ2役(嗣永桃子さんは3役)を演じました。
 今日の朝公演の主役は須藤茉麻さんでした。
 以下ネタバレ。
 序盤の語り部だった徳永千奈美さん。語りのテンポがかなり早く、もう少し落ち着いて雰囲気をじっくり作り上げても良いんじゃないかと感じました。
 雰囲気を作り上げるという意味で、重くて悲しくて切羽詰った物語というものを内心で求めてしまっていたからか、カラッと幸せに満ちた前半の展開に微かな違和感を覚えてしまいました。
 そのカラッとした中で主役を演じた須藤茉麻。まるでジブリ映画みたいにハツラツとイキイキとまっすぐに可愛らしい主人公だ。滑舌も方言も完璧だった。喜怒哀楽をストレートに発揮する。人間らしさを目一杯ふりまく。
 ゆっくり立ち上る三億円事件の影。現代と昭和を行き来しながら真相をつむいでいく技巧は流石でした。しかしタイムスリップを嗅ぎ付けて馬鹿騒ぎするテレビクルー3人のノリは最後まで馴染めませんでした。
 馴染めないというほどハッキリとした違和感や嫌悪感を覚えたわけではないのですが、笑い要員アクション要員おちゃらけ要員として浮いていたからでしょう、そこに託された笑いのほとんどがチルさんを笑わせるに至らなかった。
 浮いたキャスティングで飛び道具を無闇に投げるくらいなら、第1回ゲキハロのようにキャラクター全員が悲しげな空気をまとっていても良かったと思います。経営の悪化した旅館なり、平凡な高校生なりの悲しさを。
 中盤でオチが見えて、終盤にひっくり返すという仕掛けは悪くないです。伏線と裏切りというか。しかしあの大オチがあるとオープニングにおける「出会い」の意味が無くなってしまわないでしょうか? 偶然出会ったというウソをつくために偶然の出会いを演出する必要があるのか。ま、そこは重箱の隅をつつくようなしょうもない疑問です。ごめんなさい。
 タイムスリップという反則を結局使っていなかったという部分については評価したいです。神様(演出家)が起こす奇跡よりも人(登場キャラクター)が起こす方がよっぽど素敵だから。
 しかし。三億円盗難を実行するに至った依子が背負った悲しみを今回の戯曲で表現しきっていたとは思えません。
 依子が一郎の元を去る決意を下した瞬間はしっかり描かれていましたが、その後の人生で依子が“添い遂げた”業、悲哀そのものについては孫の一希の口から伝えられたのみです。幻覚として一郎の前に現れた依子は一片の悲しみも一片の悔いもなく美しいままでした。
 事件の後である程度の時間が経過した後で自分の決断、自分の運命に向き合っている瞬間の依子が隠し持っていたであろう弱さの欠片を提示してくれたら・・・どうしてもその思いが消えません。
 つまりはそれくらい依子に同情してしまったという事です。
 なんであんな勝手な男に輝かしい未来を破壊されなければいけなかったんだ! と。「こんなに働く女子がいたんかとビックリさせるくらい頑張る」とまで豪語していた依子が、なぜあのような運命を背負わなければいけなかったのでしょう? と。
 この芝居は、その疑問に対する回答を十分には用意してくれていませんでした。しいて言えば「許婚がいながら他の男に同情した」という罪を犯したと言えるかもしれません。しかしそれだけであの依子が戦後最大級の事件の犯人とされ、目の見えないアナーキストの世話をし続けるという大いなる業を背負わせるのは酷すぎる。
 その説明が十分でないという事で芝居の悲しさがより一層引き立っているかというと、決してそういう事はなく、語り手の認識の甘さが払拭しきれていなかったゆえの落とし穴だったように思います。
 自分が涙を流さなかったのはその部分への不満がどうしても拭い去れなかったからだと思います。キャラクターに無意味な感情移入を果たした愚か者がゆえの違和感かもしれません。
 しかし悲劇における悲劇的な事例を提示するだけでは泣けません。悲劇の中に息づく勇気や輝きをきちんと表現する事で救い・贖罪があるはずです。
 こうして批評めいたことを書きながらも、あれだけの物語にケチをつけている自分が少しイヤに感じる瞬間があり、それでも依子の運命を変えられなかったのだろうか? というしょうもない憐憫があり、半ば混乱しています。
 最後になりますが、一郎と一希という名前はもっともっと美しいつなげ方をするべきだったと思います。あの部分で観客がハッとするような繋がりを見出す事ができたなら、依子の悲しみがもう少しだけ救われていたはずです。
 須藤茉麻さんが演じたのはまた会いたいなぁと思える、とびっきり素敵な依子でした。でもその依子は物語上で死んでしまったのです。その死を本当に悲しく思います。同じようなせつなさを感じているヲタは沢山いるでしょう。なんとも罪な芝居でした。