泣く男

『泣く男』を見ました。2014年10月18日、新宿バルト9にて。
韓国映画界が生み出した圧倒的傑作アクション『アジョシ』の監督イ・ジョンボムの新作です。


アジョシの何が凄かったのかといえば、脚本がどうこうというより、やっぱりアクション描写だったと思います。おじさん(アジョシ)と呼ばれる主人公が、1人の少女を救うために己の戦闘力を解放してヤクザ軍団を次々と戦闘不能に追い込んでいく。そのキレの良さ、そこに至るまでのタメ。あまりにも鮮烈的でした。


『泣く男』の主人公・ゴンも殺しのスキルを身に付けた男であり、予告編でもすんごいバトルを見せてくれています。なにしろアジョシの監督ですから。期待しまくるしかないし、映画館で見ないという選択肢は無いです。というわけで公開初日に見に行くことに。





ゴンは中国で活動しているヒットマン。組織の命令で殺人を遂行する冷徹なプロフェッショナル。本編の冒頭、取引中のマフィア6人を秒殺した際に、流れ弾で1人の少女を殺めてしまう。


取引をしていた人間の中の1人が、決して外部に漏らしてはいけない情報を死ぬ間際に漏洩しており、その件で組織からお叱りを受けるゴン。責任を取って、韓国にいる人物を殺すよう命じられる。ターゲットは、大企業でバリバリ働くキャリアウーマン。死んだ夫から情報を受け取った妻であり、自分が殺した少女の母親だった。


少女を殺した事でメンタルに決定的な重荷を背負わされたゴンが、娘を失ったばかりの母親までも殺すように命じられるという理不尽さが、この映画の牽引力の中心になっているのですが…


少女を殺すことになる展開が強引なんですよね〜。


ゴンと少女はナイトクラブで出会います。少女とゴンは離れたテーブルについているのですが、ヒマを持て余す少女の視線を感じたゴンはテーブル上で折り鶴を折って見せつけたりおどけた表情で少女の気を引き、唐突に口から水を吐き出すというギャグで笑いを取ります。


ヒットマンであるゴンが殺しの現場で一般人に対して存在感をアピールする理由が見えてこなかったんですよ。主人公がそれくらいの茶目っ気を持ってるのはアリかもしれないし、そういう軽率な行動を引き起こした経緯も描かれてたかもしれませんが、ゴンの行動を見ている時から違和感バリバリ。


そんなわけで、少女がゴンの残した折り鶴を手にして殺しの現場へトコトコ近付いた結果銃弾を食らってしまう展開にも「え、マジでその展開にするの?」「うかつなことするからだろ」と結構引いちゃいました


もっと色んな映画を見てたら「この程度のご都合展開はまあありがちだよね〜」とすぐに消化できたかもしれませんが、個人的には最後まで引っかかりが残り続けました。


酒に溺れて自暴自棄になったゴンですが、韓国でのミッションを引き受け、生まれ故郷の韓国へ足を踏み入れる。ターゲットの女・モギョンに近付き、慎重に身辺調査を進めていく。女を殺す前に、流出したデータを回収しなければならない。


女との距離が縮まり、モギョンに対する憐憫を抱くようになるゴン。一見静かな展開ですが、サスペンス性とテンションがじわじわと高まっていきます。この辺の流れはアジョシよりも手が込んでいると思います。


やがてゴンは組織を裏切ってモギョンを救う道を選びます。組織はゴンを抹殺するためにヒットマンをさらに送り込んできます。そこからはアクションの勢い重視になって展開自体はシンプルに。


ゴンを襲撃する刺客はアサルトライフルやショットガン、サブマシンガンといった殺傷能力の高い銃火器でしっかり武装しているのでヒットマンというよりも傭兵というべきか。この装備で繰り広げられるガンアクションがめちゃめちゃ激しいのです。


アパートと呼ぶのが似合いそうな集合住宅でゴンを殺しにかかる3人の傭兵。とめどなく浴びせられる銃弾。破壊されていく建物と肉体。


という銃撃戦の直前、ゴンがアパートの部屋にいるヤクザを片っ端から切り刻んでいくシーンがあるのですが、ここは『アジョシ』のナイフ格闘描写に匹敵する速さ&シャープさでめちゃめちゃ興奮します。


そして銃撃戦は圧倒的火力に無謀に突っ込むことをせず、「猛攻をしのぐ時間」と「反撃する時間」がちゃんと別れていたところにリアリティを感じました。


中長距離で標的を圧倒するアサルトライフル、近距離で確実に致命傷を与えるショットガン、やや軽量で取り扱いが容易ながらピストルとは比較にならない火力を発揮するサブマシンガン。それぞれの特徴もしっかり描き分けられ、それに対応するゴンの機転の利き方も理にかなっていてリアル。つまり、銃撃戦が描かれている画面には、すぐそこに死が待っているような緊張感がしっかり感じられるんですね。


襲撃第一弾を切り抜けたゴンはモギョンを警察の保護化に置くものの、傭兵軍団はセーフハウスに乗り込んでモギョンを拉致。ゴンは決着をつけるために最終決戦の場であるオフィスビルへ向かう。


単身で戦うゴンは駆け引きとトラップで傭兵軍団と渡り合います。このラストシーンのアクションについてはそれほど真新しさは感じられず、ハリウッド映画で見たような既視感を覚えるのですが、逆に言えばハリウッド映画級の緊迫感を韓国映画が実現してしまっているのも事実であり、冷静に見るととんでもないことです。スタッフのレベルが高い。


そしてサスペンス性とドラマ性が行き着く結末。オチというか。これがなかなかにフレッシュで驚きました。ネタバレ注意ですよ?













ゴンは、贖罪を果たすため、必死に守ってきたモギョンに自分を撃たせるのです。このオチは「おぉーそう来たか!」と感心しました。展開・構成・演出がうまいからこのオチは予想から消えていたというか。すげええええええええええええ!!!と驚愕するほどでは無かったものの、不意をつかれたような感覚でした。そしてそこに至るまでのフリの上手さをしみじみと実感。


スッキリしないしハッピーエンドではないのですが、ヒットマンを主人公とした物語の末路としてはこれが正解なんだと思います。


オチこそ感心したものの、そもそもの導入部、ゴンがトラウマを抱える原因になる少女への誤射が流れとして残念だったので、もう少し慎重に脚本を書いてほしかったなぁと思います。そこがクリアになってたらかなり好きなタイプの物語でした。


あともう1つ気になるのがゴンの全身に彫られた刺青。カッコ良さ優先のデザインなのかもしれませんが、ある種無意味なタトゥーにこめられた背景を説明してくれないと、イメージ先行なだけじゃお寒いだけだよ、とも思います。


それはともかく、本気で熱いクライム系アクション映画が次々と生み出される韓国映画市場。恐るべしです。『泣く男』の銃撃戦はかなり先進的なレベルに達していて、それを取り囲むドラマ部分もしっかりと重厚で、とても良い作品だったと思います。気になる一点を除けば、かなりお薦めの一本です。