イコライザー

イコライザーを観ました。2014年11月1日、渋谷シネパレスにて。
2014年11月1日に見るべき映画はこれだ! というエントリを書く際に3本の作品を選んだわけですが、そのうち『イコライザー』についてはどう考えても紹介しなければいけないと思っていたんですね。



単純に評判が良さ気だし、予告編もクール。「19秒であらゆるトラブルを解決する」という設定はちょっと寓話的だなと思ったのですが、1日に上映される作品ラインナップの中では一際光っている作品でした。エクスペンダブルズ3はまあ置いといて。


この映画の概要については「これだ!」のエントリに書いたので、どんな映画じゃい?と気になっている方はそちらをご覧いただけると助かりまーす。







無駄な物がまったく置かれていないアパートで静かに生活を営む男・ロバート・マッコール。一人で食事をし、食器を洗い、シンクに飛び散った水滴をすべて拭き取る様子からは強迫観念に近いものを感じる。仕事場のホームセンターでも品行方正な人間性で厚い信頼を得ている。


不眠症の彼は毎夜午前2時になると24時間営業のダイナーへ向かう。そこで毎晩会うのが若い娼婦のテリー。ロバートはダイナーでいつも古典文学を読んでいる。イヤホンで音楽を聴きながらはしたない体勢で食事を摂っているテリーだが、毎晩顔を合わせるロバートに徐々に心を開いていく。何気ない会話の後、テリーは体を売る仕事に出かけていく。


やたらデブった客との夜を過ごしたテリーが顔にアザを作ってダイナーにやってくる。不安気な様子のテリーはマッコールの向かいの席に座り、自分の身の上話を語り始める。自分には歌手になる夢があること。テリーは偽名で、本名はアリーナだということ。「素人の録音だけど聴いてみて。感想を聞かせてほしいの」と言ってロバートにCDを渡す。


2人で夜の街を歩きながら帰宅する途中、リムジンに乗った男がアリーナの目の前に現れる。スーツ姿の男が降りてきてアリーナを叱責し、殴りつける。「この女はダメだ。他にもいい女がいるから欲しかったら電話しな」と言い、ロバートにコールガール派遣用の名刺を渡す。


その晩以降ダイナーに姿を見せなくなったアリーナ。ロバートは彼女の行方が気になるものの、あくまでも自分のペースの生活を続けている。数日後ロバートは、アリーナが激しい暴行を受けて病院に入院している事を知り、一度捨てたはずの過去の自分が蘇るのを感じ取っていた…


序盤のあらすじはこんな感じなんですが、あらすじとして書くには適していない何気ない日常描写に心を揺さぶられます。特にアカデミー賞俳優デンゼル・ワシントンと、人気ナンバーワンのティーン女優クロエ・グレース・モレッツ(『Kick-Ass』のHit-Girlとしてブレイク)の会話が、予想以上に良かったです。


ダイナーで『老人と海』を読んでいるロバートに「魚は釣れた?」「ああ釣れたよ」「じゃあハッピーエンドなのね」「そうでもない」と続いていく会話は、まだまだ無垢な存在であるアリーナが断片的な情報から思いを馳せ、何かを得ようとする(ように見える)様がとても感動的。これがキャラの権威付けとして定番すぎる聖書の引用だったりすると、どうしても新鮮味は無くなるんですよね。


ロバートは『老人と海』の他に「騎士のいない時代に騎士であろうとする男の話」(つまりドン・キホーテ)の話をするのですが、そこでもアリーナは「まるで私みたいね」と悲喜こもごもなリアクションを見せます。娼婦でありながらも一縷の望みを抱いて歌手を目指す彼女のキャラクターを掘り下げるため、古典文学をメタファーに使うというシナリオ上のテクニックが、セオリー的とはいえとても上手いと思いました。


一方で、ホームセンター店員としてのロバートの描写もナイスなんですよ。


ロバートが最も深く関わる同僚が、デブ体型のラルフィ。アメリカではガードマンになるための試験があるらしいのですが、ラルフィがその試験を受けると知ったロバートは食生活へのアドバイスや、フィジカルトレーニングの指導まで受け持っています。この辺の描写を見ている時も「終盤になって伏線として生きるんだろうか? 生かしてくれよ?」と思ってたのですが、理想的な形で回収してくれて最高でした。


テリーに対してもラルフィに対しても「君はなりたい自分になれるんだ」「正しき事を為せ(do the right thing)」と、あまりにもストレートな激励を投げかけ、くじけそうな心を常に支えようとし続けるのです。テリーが「そんなの私の生きる世界とは違うわ」とぼやけば、「ならばその世界を変えろ(change your world)」ときっぱり言い切ります。


これって、キャラクターに陰影を感じさせてこそ感情移入が出来る、という近年の常識に対するカウンター/メタ的なキャラ造形なんですよね。ロバートというキャラクターは求道者や宗教家、聖人のような存在であり続けるんですよ。非常に斬新なアプローチだと思います。


そしてその造形を作り上げたのが、ロバートが背負う暗い過去なんですね。信じがたいくらいに完璧な人格を全うすることでしか彼は過去の自分を忘れることが出来なかったのです!


…泣けますよね。


この捉え方は私の拡大解釈かもしれませんが、そういう意図があってこそロバート・マッコールという、今時いびつなヒーロー像が出来上がったのだと思います。このアプローチこそが、この映画を傑作にしている要因なのです。


そんなロバートが、アリーナを暴力で支配するクズ野郎共をどうしても許す事ができず、売春組織の元締めに会いに行きます。98000ドルを払うからアリーナを自由にしろと提案するも、ポン引き軍団から一笑に付され破談。


ここでロバートは「このまま帰るorぶちのめす」の二択にジレンマを覚えます。ドアの前まで歩みを進めるものの、ドアを開けたり締めたり開けたり締めたり。しばらく迷ったあげく、ドアを締めて施錠。正義のために踏み出すことを決断するのです。


予告編を見ればポン引き軍団が速攻でぶちのめされるのは承知済みなんですが、ここでロバートが躊躇することで、彼が持つ底知れぬ戦闘能力を想像できるわけですよ。こういう演出が『必殺仕事人』的キャラクター・ロバートのイメージをどんどん増幅していくんですね。


ここのポン引き軍団ぶちのめしシーンは腕の動脈や首の頸動脈、ノド、眼などの急所を次々に破壊する様子が『アジョシ』的で爽快です。カット割りが早く、デンゼル・ワシントンの無表情っぷりがアクションの凄みを極限まで引き出していて素晴らしいですね。


アクションの直前に「こいつらを全員ぶっ殺すのに何秒かかるかな」と予測する描写があるのですが、これはトップアスリートがZONEに入った際に視覚情報がスローモーション化するのを再現しているそうですよ。


ちなみに「どんなトラブルも19秒で解決」みたいなコピーは予告編だけの無意味なウソです。ポン引き軍団をぶちのめすのに「16秒かな」と予測し、結果的に28秒かかって「28秒マイナス9秒は19秒…」とつぶやいている(特に意味はないセリフだと思う)のですが、その後は19秒設定まったく関係なくなります。


その後ロバートは、ラルフィの母親の店からみかじめ料を取り立てるクズ刑事や、ホームセンターのレジ打ちおばさんに銃をつきつけてきた強盗を成敗するなど、ヴィジランテ系殺人マシンとしての顔を存分に見せつけてくれます。しかしロバートは、自分の表の顔を知っている人々には自分の真の姿を見せることはないのです。


レジ打ちに対する強盗が現れた時も、一旦強盗を逃しておいてから後で成敗。強盗に奪われたレジ打ちおばさんの指輪を取り戻し、レジの中に戻しておくという控えめなヒーローであり続けるんですね。


そしてそのヒーローとしての活躍っぷりは、時に観客からも見えないところで行われる事が多いのです。画として見せることなく大胆に省略することで、新鮮な印象を残しながらストーリー展開上の弛緩を避けている。


レジ強盗を退治する様も完全にカットされているのですが、「ロバートがホームセンターからハンマーを持ち出す」「おばちゃんがレジの中に自分の指輪を発見して喜ぶ」「ロバートがハンマーに付着した血を拭いてからを店の棚に戻す」という形で表現されてるんですね。必殺仕事人的な裏の顔を描く手法までもが密か・厳かなんですね。演出に一貫したテーマ性を感じます。


その省略手法はロシアンマフィアが所有するタンカー船を爆破するシーンにさえ及び、その大胆さはもはやギャグの域です。


売春組織を壊滅させたロバートはロシアン・マフィアの恨みを買います。本国から送り込まれてきたトラブルシューター・テディが悪役としての存在感を発揮します。このヒール役テディが、組織にケンカを売った不届き者=ロバートについての情報を収集する様子が、ロバートの生活&ヴィジランテ活動の描写と交互に描かれるようになります。


冷徹でありながらも裏表なく暴力的なテディと、紳士的でありながらめちゃ強いロバート。対称的な2人が徐々に距離を縮めていきます。ロバートは後先考えずに売春組織をぶっつぶしたわけではなく、ビルの監視カメラ映像を全消去してから現場を去っているので、ロシアから来たテディも手を焼くんですね。それによって映画に牽引力が生まれています。両者はいつどのような形で出会い、どのような結末を迎えるのか?


戦闘能力が異様に高く、かつての同僚である元CIAの夫婦の協力も得るロバートですが、彼らから得るのはロシア人に関する情報だけで、ケジメはすべて独力で付けようとするのです。「彼(ロバート)は協力してほしいんじゃない。許可してほしいんだ」というセリフは最高にシビれましたね!!


リタイアしていた元工作員が友情パワーで悪に立ち向かう…という定番展開を裏切った瞬間、この映画がスーパーヒーロー映画であることが分かるのです!!


マフィア側に自宅を突き止められたロバートですが、アパートに監視カメラを仕掛けてマフィア連中の情報を収集。なかなか決定的な情報がつかめないロシアン・マフィアは、ロバートの勤務先の同僚たちを人質に取って脅迫してきます。


完全武装なロシアン・マフィアとの対決に挑むロバート。決戦の場はホームセンター! 何の武器も持たず、様々な商品を駆使してマフィアと渡り合うロバートの姿はDIY精神を体現する新機軸のスーパーヒーローにしか見えないのです。


唯一のピンチとして、格闘する中で敵に刺される場面はあるのですが、それ以外は無敵状態。マフィアを次々に仕留める手口はスラッシャー映画の怪人のようでもあり、リアリティからは浮いた存在になります。要するに、強すぎ


怪我を負ったロバートの元に現れるのが、無事試験に合格して正式な警備員となったラルフィ。警備員試験前の特訓でつちかった腕力でロバートを引きずって善後策を求めます。怠惰だったラルフィが、友人たちを守るために勇気を振り絞る。いい伏線回収です。



伏線回収といえば、顔のアザについてロバートに訊かれたアリーナが「Something stupid.(ドジったのよ)」と答える場面があるのですが、その後のシーンで、手を怪我している事について訊かれたロバートが「Something stupid.」とアリーナの言葉を真似るところにグッと来ました。自分の素性を明らかに出来ない2人がリンクする瞬間。泣けるやん?


ライバル的な存在と思われたテディ(本名はもっとロシアっぽい名前ですが忘れました)も、スーパー化したロバートの前では力不足。追い込まれたラルフィにとどめを刺そうとしたところで、背後から現れたロバートからネイルガン(釘を発射する銃)を撃ち込まれて、テディお陀仏。クライマックスでの存在感の無さは同情の余地あり。


しょせんはネイルガンなのに、それを食らうテディのリアクションはショットガンを撃たれたみたいだし、ロバートがネイルガンをリロードする様もこれまたショットガンみたい。ここまでやってくれるとブラボー!とかハラショー!とか言いながらスタンディングオベーションしたくなりましたね。ヒーローの描き方として理想的な画作りでした。


テディを倒して人質も救出。さあ後はハッピーエンドへ…と思ったら、テディの上司であるロシアン・マフィアの大ボスをぶち殺すシーンまで描いていて、その徹底ぶりには笑いをこらえるのが必死でした。


すべてを片付けた後、全快したアリーナがロバートの前に現れてまっとうな生活をスタートさせたことを告げます。そしてロバートは例のダイナーに戻り、いつものように本を読みながら、「webサイトで助けを求める人々の声に応える」という"偽りのない自分"を手に入れ、物語が終わります。


様々なスーパーヒーロー映画が生まれている昨今、このような形で新種のヒーロー映画を生み出す事を選んだアントワーン・フークア監督。そのセンスというか、時代感覚に脱帽せざるを得ません。


勧善懲悪という言葉がこれほど綺麗に収まる作品も珍しいですし、その世界観を実現するためのロバートというヒーローを創り出した、その大胆でありながらストレートな手段に驚かされました。シナリオにひねりがないと評する声もあるみたいですが、メタ的に凄く斬新なことやってますよ。


クロエ・グレース・モレッツの出番の少なさに拍子抜けする部分はあったものの、前半の濃密な芝居だけで映画に十分貢献しています。それにしてもアリーナの歌は聴いてみたかった!


ロバートを演じたデンゼル・ワシントンの芝居の凄みは言うまでもありません。クロエとのタイマン芝居勝負は、この映画のどのアクションシーンよりもスリリングでしたよ。中でも珠玉のシーンと思われる場面がYouTubeで公式にアップされているのでそのシーンだけでも見てほしいですね。名台詞"Change your World"につながる一節です。



デヴィット・エアー脚本による『トレーニング・デイ』とは全然カラーの違う作品ですが、デンゼルさんのシブ〜い魅力を十分に堪能できるイカしたアクション映画! これは見なきゃ損ですよ。オススメでーす!