Drug War毒戦

ドラッグ・ウォー 毒戦について書きます。










 この映画は2014年に日本で公開された作品で、製作・脚本・監督はジョニー・トー。語り口に独特のテンポ・味わいを持ちながらも、アクションにただならぬ情熱を燃やし続ける監督です。


 私自身はジョニー・トーの語り口にいまいちハマっていないと自覚していたのですが、たまーに文句のつけようがない完成度の作品に出会わせてくれます。具体的には『スリ』『暗戦 デッドエンド』がめちゃめちゃ面白いですよ。


 そんでもってドラッグ・ウォー毒戦。映画館では見れずにDVDでのチェックになってしまったのですが、ジョニー・トー作品の中ではけっこう好きなタイプ。結果的に、極私的年間映画ランキング15位とさせていただきました。





 レビューを残していなかったので改めてレンタルして見てみました。ざっくり俯瞰的に書く…つもりだったんですけど結局長くなってしまった! 少しお付き合いください。


 麻薬取引を取り締まる刑事もの。チーム長が自ら潜入捜査をすることも辞さない強硬派の公安局と、大規模な覚醒剤製造業者、さらには香港のフィクサーも交えての巨大スケールな麻薬戦争を描いた物語です。


 ヘタを打って公安に逮捕された麻薬密造業者・ミンが死刑をまぬがれるため、ペラペラと情報を漏らして同業者を売りまくるのですが、その情報を元に大物の逮捕を狙うため公安のチーム長が裏社会の人間になりすまして駆け引きしていきます。


 このチーム長・ジャン警部の「なりすまし」がこの映画の最大の見どころ。ギリギリまで踏み込んで証拠を上げようとする公安チームの先頭で複数の人間になりきる演技を駆使していきます。


 ジャン警部を演じるスン・ホンレイジャッキー・チェンをさらに薄味にしたようなルックスの持ち主で、悪役の方が似合うタイプ。過去の香港映画でもそれほど目立っていた人ではないと思います。しかしそんな彼だからこそオープニングの意外性を生んでいるし、静と動のギャップインパクトにつながっている。


 ジャン警部は登場シーンから既に潜入捜査中であり、腸内に麻薬をたっぷり詰め込んだ運び屋たちの乗るバスに同乗しています。高速道路の料金所で通過に手間取り、その様子を見て逃げ出した首謀者とジャン。最後は後ろからのカニバサミで転倒させて逮捕。観客に「この男警察側の人間だったのね」と、驚きを与えています。


 その次のシーンでは麻薬カプセル(ゴルフボール大)をケツからひねり出したり、クソまみれのカプセルを水洗いする描写が露骨に入ってきてジョニー・トーらしいえげつなさを感じられます。


 ジャン警部たちが運び屋集団を取り調べしていた病院に、オープニングでゲロまみれになりながら事故った男・ミンが運び込まれてきます。男の体に染み付いたニオイや携帯電話の履歴から、ジャン警部は別件の麻薬密売ルートを感じ取り、ミンにプレッシャーをかけていきます。


 ミンを演じているのはけっこうなイケメンのルイス・クー。正義の刑事役の方がよっぽど似合いそうな役者なんですが、この映画ではゲスさ丸出しのクソ野郎を演じています。このキャスティングが素晴らしいですね。


 ミンと付き合いのあるハハ(漁港を管理する密輸業者)と接触したジャン警部は、黒社会の大物ビャオの甥であるチャンのフリをしてハハと面談。チャンはドラッグにどっぷりハマったジャンキーであり、そんなチャンになりすますジャン警部もハハの前でドラッグを吸引。体を張った演技でハハをだますことに成功します。


 つづいてジャン警部はハハになりきってチャンと面談。ハハは名前の通り「ハハハー!」と陽気に笑う快活キャラであり、ジャン警部はつい先程目の当たりにしたハハのキャラクターを完コピしてご陽気モードに切り替えるのです。このギャップがこの映画の醍醐味でもあります。


 しかしそんな「ハハになりきったジャン警部」に対し、チャンはドラッグを吸うよう勧めてきます。ハハのように「俺は自分じゃやらないんだ」と拒否するものの、チャンは暗い目をしながら「吸わなきゃこの商談はナシだ」と宣言。意を決してドラッグを鼻から吸引。それを不安気に見つめる、女刑事とミン。


 仕事のためならドラッグに手を出すことも辞さない、というジャンの覚悟が非常に重厚なタッチでよく描かれています。素晴らしいです。


 チャンが去った直後にぶっ倒れて幻覚を見るジャン警部。そんな彼を見たミンは「寝かせるな!立たせろ!」「氷風呂で体を冷やせ!」とアドバイス。ジャンという男の覚悟に胸を打たれたかのように見えるシーンです。こういうシーンがクライマックスの裏切りのインパクトを増すんですね。


 公安はミンに弟分の覚醒剤製造工場を訪れさせ、チャンと、その叔父であるビャオを信頼させるために必要なブツを確保しようとします。


 この工場を運営しているのが聾唖の兄弟。ミンと手話で会話しながら発する声がとても間抜けで、キャラクターの馬鹿っぽさを強調しているのですが、これもまたギャップを生むための巧妙な演出だったりします。


 ブツの出荷後に警察が工場へ突入するのですが、聾唖兄弟は見事な銃さばきと戦闘能力を発揮し、突入は失敗に終わります。この聾唖ブラザーズのキャラ造形もお見事。自分の持つ工場の爆発事故で妻を失ったミンに対し、弔いのため本物の紙幣を差し出して燃やすなど、義理に篤いキャラでもあるわけです。ゆえにミンの裏切りがこの兄弟にもたらす影響(憤怒)も、より強調されている。


 突入失敗によって計画が狂ったというわけではないのですが、警察に死者が出たことにジャン警部は激怒。ミンを警察署に送還しようとするのですが、ミンはビャオが操り人形に過ぎず、黒幕として香港の7人衆がいることを暴露。ミンは必死に死刑を免れようとします。


 ジャン警部はビャオを操る7人衆を引きずり出し、一網打尽に出来るのか!? そんなクライマックスです。


 心理戦・駆け引きが中心であり、現在の状況と公安側の目論見を説明する情報がやや少なめなので流れを追うのが難しい映画なんですが、緻密な展開と芝居の濃度は見どころたっぷりで目が離せません。バレるかバレないかサスペンスとしても非常に上質かつ斬新。


 そんな映画のクライマックスには、ジョニー・トーらしさが爆発する激しい銃撃戦が待ってます!! 尺は10分を超える長さ。ただ長いだけでなく、死が待つ緊張感も適度にキープしていて、ロジカルな戦術性も見られるし、とても良かったです。


 銃撃戦の主役はミン。警察を裏切り、周囲にいる捜査員の存在を7人衆に報せると、彼はひたすら保身のために戦い続けます。ミンが7人衆をけしかける姿勢を見た時は「いやいや包囲されてるんだから勝ち目はないだろ」と思ったのですが、後から考えるとミンは自分一人で逃亡することだけを考えており、必要とあらば恩のある7人衆をも簡単に裏切るのです。


 唐突に始まった戦闘はミンが女刑事2人を車でハネるところからスタートするし、場所は登校中の小学生が多数見られる小学校の前という、いやらしさも香港映画らしい。


 ハリウッドみたいな「撃っても撃っても当たらない」ではなく、「かなり当たる、けど死なない」というタイプの銃撃戦というのも、得物が拳銃だからこそリアリティがあります。


 そして車を障害物に使い、刻一刻とその位置が変動し、戦況も動いていく銃撃戦はジョニー・トー組にしか描き得ないレベル。見る価値ありますよ。


 オチはものすごく醜悪なのですが、ジャン警部の執念描写はたまらない味わい。確実に印象に残るであろう結末です。


 アクション映画というほど全編に派手さがある作品ではないのですが、オープニングのつかみ、構図の巧みさ、役者の芝居、クライマックスにこめたただならぬ情念など、素晴らしい要素がたっぷり詰まった香港ノワールの傑作と言えるでしょう。


 ジョニー・トー入門としても十分機能するであろう、オススメ映画です!